昭和50年11月30日 朝の御理解



 御理解 第45節
 「世に三宝様踏むな三宝様踏むと目がつぶれるというが、三宝様は実るほどかがむ。人間は、身代ができたり、先生と言われるようになると、頭をさげることを忘れる。神信心して身に徳がつくほど、かがんで通れ。」とかく、出る釘は打たれる。よく頭を打つというが、天で頭を打つのが一番恐ろしい。天は高いから頭を打つ事はあるまいと思おうけれど、大声で叱ったり手を振上げたりする事はないが、油断をすな。慢心がでると、おかげを取外すぞ。

 慢心が出ると言う事、私は身の程を知ると言う事だと思ふです。身の程を知れと言う事を申しますね。身の程を知らぬところに慢心がひそんでおる、そして取り返しのつかない事をしでかす。そういうとまあ大変な事のようですけれども、もう本当に些細な事の中からでも分らして貰うて、世に三宝様踏むな、三宝様を踏むと目がつぶれると言われておるが、三宝様といえば大切なもの、大事なものそういう意味でしよう、此処では穀物の意と書いてありますね。
 三宝様というのはとにかく人間のまあいうなら一番大事なもの、矢張り穀物がなかれば人間は生きて行かれませんから、米粒やらいわゆる穀物を粗末にしたり踏み付けたりしたら、目が瞑れるという程にしに言われる訳です。確かにこれは穀物に限らないのですけれども、矢張り御物というて、御の字を付ける程しのものは、矢張り皆御恵みのものですから、これを大切にせなければいけません。
 二、三日前でしたが朝のお食事の時に、お食事を終って後にお茶を茶碗に注いで、頂く訳ですけど、それに米の半分もない位のものが一寸付いたんです、もう片付けよったそれが一寸目についたから、私はアッと言うてその茶碗に付いておる米粒の半分位のを、茶碗に付いとったのを頂いた途端に、そこにかすかなおいさみがあるのですからね。これは本当に三宝様踏むなと言われるが、その三宝様とも思われる様な物を大切にすると云う事が、神様の心に通うなあと言う事が分ります。
 というてなら皆さんの家の流し元に矢張り米粒やら、矢張り洗い濯ぎのものが、捨たるでしよう。それをゆすいで頂くと言う様な、生き方もありますけれども、中々今時はそういう事をする人もないし、出来ません。出来ませんからそこに心から、本当にお粗末になっておる事を、お詫びをさして貰うと言う事、本当に相済みません。これは今妊娠中絶なんかをするお届けが御座います。それにはね恵まれた物を捨てる様なものですから、やっぱり神様の心に適う筈はありませんけれども。
 そのお詫びをすると言う事、或る方がそんなお詫びを、そんな風にお届けがあった時にです、なら皆んなの家で大事なお米やら食べ物が、お粗末になっておるだろう。それには余り気は引っ掛からないけれども、中絶をする事は引っ掛かる。神様の目から見れば、それもこれもたいした変わりはないのだと言う事、お米を粗末にすると言う事、なら中絶をすると言う事もあんまりたいしたかわりはない、神様の目から御覧になれば同じ事なんです。そこでなら私共が低姿勢で詫びる。
 こういう訳で御座いますというて詫びる、これを一粒一粒頂くのが本当で御座いますけれども、そこにそれが出来ませんからそれを当たり前のごとなって、ザ一ッと流してしまう様な事ではねいけません。けれども矢張り本当にお徳を受けたという人達はね、矢張りそれを実行しておりますよ。そこでねそれをしなければ徳が受けられんとか、せなければ御無礼になると言う事ではね、それがねそう出来ないと言う事、それは身の程を知ると云う事、身の程を知ると言う所から粗末には出来ません。 
 まあ北京から引き上げて帰って参りまして、衣食住の全てに難儀を致しました。その時に私は、結局食べる資格のない私だと先ず知りました。着る資格のない自分だという事を知りました。それこそ私が福岡時代に住んでおった家というのは、もう今時あんな家はありませんでしょうけれども、もう本当にそれこそ焼けとたん、そういう家でした。終戦後に出来ましたそれこそみんなバラックの様な家でしたが、それでも私は勿体ないと思うた。雨露を凌がして頂けるいう事は勿体ないと思うた。
 食べる資格のない私だけれども、食べん訳にはいけんから、何故かというと第一親やら子供にすらまともなものが腹一杯食べさせられんのだから、親として又は子としてですから食べる資格がない、そこで食べない訳にはいかんから、お粥さんなら一椀と云う事を決めた。だからその一椀のお粥食べる資格の無いものが頂いとるのですから、もう本当に有り難うして勿体のうしてと言う事でした。着る資格がないと言う事から夏もなからなければ冬もない、所謂夏服一着で過ごすという時代があった訳です。
 ですからね慢心の出ようがなかった様に思うです。もうギリギリの点で一切のものを大事にさせて頂いたと言う事になります。その時分に矢張り言うならば人間は身代が出来たり、先生と言われる様になると頭を下げる事を忘れる、と言う事を言はれるが、三宝様は稔る程屈むと言われる様に、私はその時分に実が入ったなら実が入ったんだろうと思いました。ですから私は思いますのにねそこに無いもの、与えられないものを求める心、すでに慢心であります。
 まあ十万円の給料を取っておって、生活費を例えば、十二万円も使うというならばそれは贅沢であると同時にそれは慢心です。身の程知らぬ贅沢をしておる訳です、いうならば十万円の給料しか取らんのに、十万円の洋服を作ると借金をしてでも作るとするか、どんなにして食べて行くか、それだけのもの洋服だけでしまえてしまう、もう身の程知らぬ、私は慢心だと思う。私は信心とは見る事見る事、自分を見る事と、高橋先生が言っとられますが、見る事見る事、自分を本当に見る事。
 そして自分の例えば、無力さ加減というものが本当に分ります。そして言うならば、自分を見る事によって身の程がわかります。そこで身の程に釣り合うた、生き方をさして貰うと言う事であります、けれども人間は欲望があるのですから。人が良い着物を着てあると、ああ自分もあげな洋服が着たいとか、百味の御食を頂いている人を見て、ああ一遍でも自分もあげなお御馳走が食べて見たいなと、まあ思いますね。
 そこでそういうものが食べたいならば、それが身に着けたいならばです、自分というものを愈々高める以外にはない。私共が家内と二人、それこそ布一寸買わないという様な、神様に誓いを立てて布一寸買わなかったと言う事は、素晴らしい身の程知った、行き方であったなと今にして思います。自分で買うたり自分で求めて飲んだり食べたりする事は勿論致しません。家内と私は、それこそ下駄一足買わないという、神様に誓いを立てております。そこでです。私共の信心が。
 まあ高められた訳ではなかろうけれども、唯一途にそれに精進しておると言う事、そこには次第に、例えば私のなら食べ物でも身に着けるこの着物でも、何時も申します様に毎日毎日本当に、これが百味の御食というのじゃろうかなというて毎日頂きます。然も神様が下さるのですからね、もう本当にそれはもう何と申しましょうかね。ならまあならここ二三日の事を申しますと、一昨日はもうあらゆるお刺し身のそれこそ、もうそれもギラギラ光る様なお刺し身。ふぐのお刺し身から鯛のお刺し身から。
 色々いっぱいでしたがね。それからその翌日の昨日、一昨日は大きな水炊きをする、チリやらが出来る鍋のお供えを頂きました。そのお供えをしとった方が、今度はこれで豚のシャブ鍋をして頂いてもらいたいというてからもう、それこそお野菜なんかでももう、それこそ見事なお野菜を集めて、そして沢山の豚肉をお供えなさいましたから、丁度お客様もあっとりましたから、シャブ鍋で頂きました。
 昨日は丁度富永先生がいつも月末のお礼に出て見える、丁度夕食を一緒に頂きましたが、そりゃもう本当に活きた活きイカというのですか、いかのお刺し身の見事なお刺し身、勿論それだけじゃありません、それには山海の珍味を取り混ぜて揃えられてあります。ですからね、本当に神様といえば、食べるとでもだから私が、神様が与えて下さるものは糖尿病にはありゃいかん、こりゃいかんというけれども、目の前に出て来るものは皆んな薬だ、みんな栄養になるものだとして頂く訳はそこにあるわけなんです。
 神様が集めて下さったんだもの。ですから箸を付ける時に、これはもう私の体に必要なものだから、下さるものだと思うから、なら甘いものから辛いものも頂くと言う事になります。それに例えば今日はいっちょあれば食べようか、今日はいっちょあれにしようかという様に自分で無いものを求めて食べたり、身につけたりと言う事は、私はもうすでに慢心だと思う、だから食べる資格もなからねば、着る資格もない。
 昨日でした、お食事の時に、皆さんに話した事でしたけれども、昔、或る先生と一緒に宅祭りにやらして頂いた。そりゃもう親先生が見えるというので山海の珍味を、皆んなが一杯出しますよね、それで私が皆が愈々真心を込めて作っとるけんで、どうでん頂かにやね、ありゃ私が作くっとるとか先生が箸も付けなされじゃったと言う事じゃでけんから、みんな頂くんですよね真似方でも。それで私が一緒に行った先生に言った。あなた方は私と一様に食べちから一品位残しときなさい。と私が。
 これが心掛けだよと。意味が分るでしょう。自分にはその資格もない自分が親先生と同じ物を食べて、まあそういうと私が如何にも偉かつのごたるけれども、例えばそうなんです。親先生が五品のものを頂きよんなさるからというて、自分もなら五品のものをペロッと食べてしまう様な事ではいけん。せめてこれだけはと言う様に一品自分の好きなものだけは、遠慮する位な慎みが必要だ、信心の稽古をする者は。と言った様な事があるけれども、今頃はそんな事は言ひませんから。
 私と一緒に頂くときにはもうみんな、私と同じものをガブガブ食べます。けれども本当に私は今日あたりの御理解を頂きますと、それはそうしなければ、実は相済まん事になるです。私はもう本当に無いものを求める、これは人の場合でもそうです。私は久富先生それから久富繁雄さん、朝は久富繁雄さんが御用して下さる、夕方久富先生が御用して下さる、本当に私の足はもう、それを揉んどかんと明くる日は立たれんごと痛いです。ですからというてなら求めて、サア足を揉んで下さい。
 今日例えば繁雄さんが見えてないから、電話かけてからちょいと来て下さいと言う事は一遍でも言うたことはありません。求めてから、させて頂くというのでなからねば私は受けません。だから私がもし今日例えば繁雄さんが来とんなさらんから、今日は一寸電話かけて来て貰おう。これを言うたら、無いものを求めるのですからもう、すでに慢心です、身の程を知らぬ事です。昨日は久富先生も休んどられました。
 それで夕方、今日は誰も足を揉んでくれる人がおらん、といいましたら丁度愛子が来合わせましたから、そげん私が言いよったらいや、今日は愛子先生が御用するといいよんなさいますと、美恵さんが言ひますもん。そんならあの人が一番利くけんあの人からして貰おうかというて、言う様にです、例えば自分の子供でも自分から求めては、矢張り身の程を知らぬ事になるのです。だからそう言う所を、おかげを落さん為にはです、慢心が出るとおかげを取り外すぞと言われるのですから。
 これだけのおかげを取り外しちゃでけんもんね、私はとしては、そこでそういう心掛けを致します。それには先ずしちゃならんじゃない身の程をいつも知っとかなければいけません。私が終戦直後に今申します様に、食べる資格はない着る資格はないという精進をさして頂く内に、布一寸買わない内に、初めは木綿のものが例えば集まって来る、段々しよったら銘仙類が集まってくる。段々絹ものが集まって来るようになって来る。みんなそれこそ一反が何十万もするという様な紬類が集まって来る様になる。
 最近なんか家内なんかの場合は、もうみんな装飾品の素晴らしいものばかり、ヒスイとかダイヤとかそういう様なものが集まってくるです。ほうお前はえらい物持ちになったねというぐらいに頂きます。神様が与えて下さるのです。だからそれを求めて買うならば、金光様の先生でダイヤの指輪どんはめちからとか、ヒスイの指輪どんはめちからとか、それは贅沢ですよ。
 けれどもこちらが求めないのに与えられるという、そこの所を踏んまえて、お陰を頂いて頂く所にです、おかげを取り外す事のないおかげが受けられます、神様は言わばダイヤの指輪であらうが、ヒスイであろうが紬であろうが、お召しであろうが人間氏子に着せたい、使わせたい食べさせたいと思うて山海の珍味もあるのですから、それが本当に頂ける事が、最近の御理解を頂きますと、合楽流だ有難く頂く、だから問題は有難く頂く事が、有難いという答えがでなければいけない。
 例えばなら私共がそう云う様に、山海の珍味を頂いて、素晴らしい宝石など集まってくることがです、それがまた当たり前の様になったらまた危ない、答えが本当に勿体ない事じゃあるなあ、有り難いなあと思うて、それを頂きそれを身に付ける所にです、おかげ落とさんで済む信心があります。いやそれを喜ぶからもちっと良いもんがあるから、まちっと良いもんでもやろうかという働きが始まるです。これは有り難いという心はそうです、例えばなら詰らんものでも。
 それこそ私共がまだ福岡に居る時分でしたか。もうそれこそ私は下駄は、毎朝の御祈念参りをする時に必ず拾い集めたものでした、ここに半分、ここに半分、もう家内が石炭箱にいっぱい洗って貯めときました、そうすると半分宛てでも合わせると丁度私の方の長女なんか大名校に中々エリート校ですが、もう私は近くですからそこえ行きましたが、練緒の下駄を履いて行くのは私の長女だけでした。
 拾うて来たつに家内が練緒をつけてやるのです。私共も勿論買わない事にしとりますから、そういう様なやっぱり随分続きましたが、本当に石炭箱いっぱいに拾い溜めてありました下駄が、それをキレイに洗って揃ったつがあったら、揃ったはな緒立てる、そうすると不思議にあったんです。そしたらある底ひで目が見えないという、福岡のご信者さんでしたけれども、私の話を聞いて長浜町に見えられました。
 その時丁度二十一日間の日限りを決めまして、そして二十一日目に眼が見える様になりました。その人が元下駄屋さんをしよったというのです、履物屋さんを、それでその時分の売れ残りというて、こんな大きな風呂敷にいっぱい下駄を、ねきもんの様ではありますけども新しい物の下駄をお供え頂きました。もうそれ以来というものは、私共これは親も子もですけれども、私共夫婦履物に不自由したことはいっぺんもありません。段々良いものが集って来るということになりました。
 私が一番初めに、 もとは軍服を着てからお取次ぎを致しました。勿論御結界も御座いません。それから或る方がおかげを頂いて、御主人が亡くなられました。これは先生、これは主人は一遍も手を通しておりません、またシツケが付いておりました。銘仙の着物のお供えがあった。それが着物のお供えの始まりでした。それからもう本当に布一寸買うわけじゃありません、それこそ私が一年か二年目ぐらいに。
 或ることで自分が持っておる物を、今の秋永先生、久保山先生、久富先生、それぞれの先生方それから楽長の田中さんに、持っておるもの全部を箪笥の中を空にして、皆やった事があるのです。それで何日間か私は袴もはかんなりお取り次ぎをさせて頂きました。もう何日目かには袴のお供えがありました。今田中の楽長サンが履いて居るのはその時に私がはいとった袴ば遣りました。
 もう愈々の時にゃやっぱりですね本当に例えば、下痢なら下痢をしましたら、まず梅干しとお粥さんにしなけりゃいけない様なもんです。こりゃと思うたらその位の度胸がいります、信心には。もう裸で同様で引き上げて帰って来て、段々おかげを頂いて小さい箪笥のお供えをいただいた、もうそれに一杯貯まったけれどもそれを全部やりました、文男先生どんまでやりました。そのころ。
 それで楽長にはもうやるものがなかったから自分がはいている袴をやりました、それからもう一年足らずにまた大きな箪笥のお供えを頂いて、その箪笥いっぱいになりました。もう幾棹お供えなったかしれません、箪笥は。それがいっぱいになりました様に、しかもそれが段々これより、よかつはなかろうという様になっていくのです。まあ私共最近こうやって黒衣一点ばりで。
 例えば今私が着ておりますのは勿論、これはウールですけど、これはその当時一つが四千円しますもんね。この縫いの紋、これが五つ入っとりますからこれだけでも四、五の二万円がた紋代がかかった、こんな紋付は着とる人はなかろうと思います。という様にたとえばそれを自分が求めずして、集って来ると言う事です、ですから無いものを求めるというのではなくてです。
 例えば着たいなら食べたいなら身につけたいと思うならばです、それだけの言うなら給料が沢山頂ける様な働きをすれば良いのです。それだけ沢山売上がある様な商売をすりゃいいのです。それが身に付けるに相応しい、自分になるより以外にはないのです。今日は皆さん、私はこの四十五節をです、世に三宝様踏むなと云う事は、大切なものをおろそかにするなと云う事、その大切なものをです。
 私共は無いものを求める様な心は、それはもう既に慢心だと言う事を聞いて頂いたのです。慢心が出るとおかげを取り外すと仰るのですから、そこで例えばその方法としてはなら私が、食べる資格がない自分だと気が付いた時から、私はお粥さん一食一椀の一食修行を始めたし、布一寸買わんという生き方を、そして自分の身に付いて来る。段々これが向上して来るに従って身に付いて来るものを。
 唯有り難く有り難く、頂くおかげを頂いておると言う事を聞いて頂いた。皆さんの場合であってもです、今日から一椀修行するとか、着たきり雀の行き方をするのじゃありません。けど精神はそこに置いて、ああ自分には勿体ないという様な心持ちでね、そしてならあればもいっちょ買おう、あれがあると良かばってんという様な思いは、ひとつ本当にかなぐり捨てさせて貰って、所謂身の程を知った生活。
 身の程を知った行き方を、愈々身に付けておいでられる事がです、とりも直さず慢心が出ようの無いおかげになります。慢心が出らんと言う事は、愈々お徳を受けて行くという事にもなりましよう。お徳を受けさえすれば、それこそ勿体ない世の中にあるどういう贅沢なものであっても、それは人間に与えたいというて作って御座るのですから神様がそれを頂ける様なおかげを頂きたいですね。
      どうぞ。